研究活動は
社会活動の一環として

新井 信幸 准教授
ARAI Nobuyuki

既存の建物を活かして新たな価値を創造する

20 世紀はスクラップアンドビルドを繰り返すことで、地球資源と地域資源を枯渇させてきました。これからは既存の建物を活かして新たな価値を創造する、そんなまちづくりが求められます。研究室では、下記のような研究を実施しています。
1 ) 集合住宅のストック活用に関する研究
老朽化した集合住宅では、陳腐化による空き室の増加、居住者の高齢化等の問題が生じています。一方、居住者たちによる高齢者の居場所づくりや、アーティストたちによるアトリエへのリノベーション等、創造的で自主的な活動が一部でみられます。老朽化した集合住宅をより魅力的な空間へ再生させる方法を研究します。
2 ) 居住支援活動に関する研究
民間賃貸住宅ではトラブルの忌避を理由に、家主等が高齢者等の入居を制限する現象が起き、住宅確保が困難な人たちが増えています。高齢者等の入居を円滑化する居住支援活動の取り組みを調査し、そのあり方について研究します。
3 ) アートと地域資源を活かしたまちの活性化
蔵造り等の歴史的建物や横丁空間といった仙台の隠れた地域資源を活かして、アーティストの作品展、カフェ、まち歩き等のイベントを実施することで仙台の新たな魅力の発見と蓄積された記憶との再会を図り、まちの活性化を促しています。

新井先生は、赴任されたばかりですが、今まではどちらにいらしたのですか、どのようなきっかけで工大に来られたのですか。

「今までは神奈川県に住まいがあり、東京に勤めていました。仙台や東北での生活は初めてです。元の勤務先は大学ではなく、ハウジングアンドコミュニティ財団という、NPO(非営利活動組織)の活動に助成を行ったり、国の住宅政策に関する調査を担う公益法人です。この大学に来るきっかけは、知人の先生が勧めてくれたからで、それまで仙台とはほとんど縁がありませんでした。少し躊躇しましたが、こういう機会でもなければ地方で暮らすこともないですし、それに、なんとなく仙台は環境のよい先進的な都市というイメージがあったので、そういうことも後押しになったと思います」

赴任してまだ、間もないとは思いますが、仙台での新しい生活はいかがですか。

「仙台の都市はコンパクトなので、都会的な雰囲気と農村的な環境をどちらも手軽に体感できるので、なかなか味わい深いですね。日本の他の大都市は、だいたい港のそばに工業地帯が広がっていますが、仙台は中心部から海岸まで田園地帯が広がっていて、海も埋め立てではなく自然の砂浜のままです。海の帰り道、田園風景とその向こうに浮かぶ高層ビル街、またその向こうの山並み、そんな景色が見られますが、東京にはない景色です。そんなことも含めて、毎日新鮮な気分で過ごしています。それと東京は様々な情報が入ってきて大変便利ですが、今は逆に余計な情報が入ってこなくていいです。大学も山の上だし・・・」

財団での仕事ということでしたが、これまで、どのような内容ですか、またそれは大学で教えることにどのようにいかされるのですか。

「大学院のころは団地の再生計画に関する研究に取り組んでいまして、長く都市に息づき愛されるような団地にするにはどうしたらいいか、ということを考えてきました。古い団地は、設備が悪かったりして、人気がなくなります。これを若い人たちにも住んでもらえるよう、また、高齢者が暮らしやすいよう環境や仕組み、またはコミュニティの改善を考えるといったことです。卒業後、財団に勤めてからは住宅政策に関する業務を行っていました。具体的には、住宅確保が困難な人=障害者、高齢者、外国人等のための支援の方法や体制について調査研究を行い、その成果を全国の都道府県や市町村に情報提供したり、相談にのったりしていました。実際に、不動産業者さんや民間アパートの大家さんが、障害のある人等の入居を拒否することは非常に多く起こっています。これに対して、高齢者、障害者への見守り支援、外国人には通訳派遣や日本の生活ルールの説明・指導、その他、家賃滞納によるトラブルを防ぐための保証制度を紹介したりして、大家さん等の不安を解消し、入居に結びつけるための支援体制を検討してきました。取り組みはまだまだ道半ばです。大学に赴任してからも、研究活動及び社会活動の一環として続けていくつもりです。学生たちにも手伝ってもらえると助かります。また、団地再生の研究も学生たちといっしょに取り組んでいけたらと思っています」

大学院や財団での実践的な研究の様子がよく分かりました。そもそも、大学院に進んだのはどういう理由でしたか。

「大学院への進学は、建築単体のことだけでなくまち単位で、かつハードソフト両面を踏まえたまちづくりということに携わりたかったからです。それと、そういうことに取り組むことができる就職先をうまく見つけることができなかった、というのも理由です。加えて、就職活動にあまり熱心になれなかったというのも理由の一つですね。みんなが同じようなリクルートスーツを着ているのを見て、なんか非常に違和感を覚えました。いま思うと現実逃避していただけかも知れません。大学院の修士課程を出てから、一度、建築設計事務所で働きましたが、そのころ、不法占拠するバラックのまちのまちづくりにボランティアとして関わっていたのですが、このまちについてさらに追求し(住人の多くは在日コリアンの人々だったのですが)、この人たちのこれからを考えたくなり、設計事務所を辞め、1年以上フリーターをしながら活動していた時期もありました。その後、大学院の博士課程に進みました。とにかく、20代は紆余曲折した人生でした」

リクルートスーツを着ているのを見て、非常に違和感を覚えたというのいは、おもしろいですね。ところで、今の学生に、特に伝えたいことは何ですか。

「学生のみなさんは、これからいろいろ専門知識を学んで、将来は建築関連の専門家になるんだろうと思いますが、専門家になると、とかく専門知識に縛られすぎて自由な発想が制限され、また、人の意見も受け入れなくなることがあります。そうなると、いい建築や環境は生み出すことはできなくなります。住宅であれば住まい手、施設であれば利用者、それぞれの話をよく聞いて計画や設計に反映させていくことが大事です。建築やまちには、地元の人でないと分らないことが沢山あるからです。そのためには、コミュニケーションを上手にとれる人にならないといけません。そういう意味で、学生のうちから、建築設計やまちづくりに携わる現場に赴いて、いろんな人と話をしてみてはどうかと思います。あと、思い切って、海外に一人旅なんかもいいかも知れません。いろいろトライしてほしいと思います」

話の中にあった生活者の意見を活かして、ということですが、なかなか難しいように思います。これまで、先生が関わったもので、よくなった計画の事例はありますか?

「武蔵野緑町団地(東京都武蔵野市)の建替えで、集会所も建替えることになっていましたが、これに合わせて、住民側から『新しい集会所を高齢者がふらっと立ち寄れる居場所にしよう』という提案がありました。しかし、団地設計者は具体的にこれまでの集会所とどこがどう違うのか分かりませんでした。すると住民側から、『これまでのように予約しないと使えない部屋ではなく、いつでも誰でも使えるスペースが必要で、そこで、私たちが定期的にカフェ活動をやることで、ふらっと寄れる居場所になる。また、外を歩いていても中の様子が分かる方が立ち寄りやすくなるので、そんな工夫も必要』という提案がありました。そんな住民たちの提案を取り入れた計画にしたことで、建て替わった団地のなかに、老若男女が集うカフェのような集会所が誕生しました。これ以降、団地建て替えの際に、計画づくりへの住民参加が一般化していき、さらに高齢者の居場所づくりを実践する団地が増えていきました」

最後になりますが、先生の趣味について教えてください。

「まちづくりの現場でいろいろな人と語り合うのが趣味ですかね。飲み食いしながら。20代まではサッカーもずいぶんやりましたが、いまはテレビやスタジアムでの観戦がメインですね。飲み食いしながら」


インタビュー:高橋 沙織